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​プロローグ:シルヴィア

──​その頂に辿り着きし魔女、己が願いを叶える力を与えられん。

その噂は各地を巡り、そしてその塔の周囲には人が集まり、溢れ、やがて集落となった。

集落は多くの同志を受け入れ、そこには一つの社会が生まれた。

社会は需要を生み、塔に立ち入ることのできない者でさえ富を求め集まった。

そうして出来上がったのが、天まで届きその頂を空に隠す階段状に捻じれ絡む一対の塔、『昨日の塔』、『明日の塔』を囲むように今でも拡大が続く地図に無い街、通称『今日の街』である。

そんな街の南側、主に荒くれ者や訳アリ者達が生活をする区画の中心部にあるあばら家に彼女はいた。

銀の長い髪を左右に結った黒いリボンはぎょろりと動く“眼”が埋まっており、彼女自身の目つきはまるで今しがた人を何人か土に埋めてきたと言われても信じてしまうほどに荒々しく、不機嫌そうに鋭く吊上がっていた、その燃えるような紅い瞳は、散らかり切った自室の天井をぼうっと見渡して、やがて憂鬱そうに窓へと向けられる。

窓から見えるのは、ぐるぐるとお互いを喰らわんばかりに螺旋する灰色の双塔、彼女は大きなため息をつくと、先程あそこでしでかしてしまった『失敗』を思い出していた。

「クソが、たかだかトランプで負けた程度でポッキリ折れやがってあのクソ雑魚メンタルめ……」

怒りのままに放り投げた酒瓶が壁にぶつかる。

彼女はこれまでに無いくらいに苛立っていた、自分の思い描いていた未来が今視線の先で粉々に砕けたそれのように、最早取り戻すことが出来ないものだと理解していたからだ。

「……こうなっちまった以上アイツは止められないだろう、アタシの気も知らずにあの怪物は前に進んじまう……ああ、最悪だ」

苦々しく吐き捨てられるその言葉に反比例するように、彼女は何故かその口角を上に歪ませ、そして膨らんだ空気が割れるように大きな声で笑い狂い始めた。

「……計画変更だ、やっぱりお前を殺すしかねえ、最初っからこうすれば良かったんだよ」

狂気に歪むその笑みに一切の迷いはなかった、窓の向こうで重佇む塔に何かを誓うように一度だけ、彼女は十字を切ると、その腕に、髪先に……そしてぐるりと完全に一周繋がっている首の縫い目を隠すように、黒い汚泥の様なものが纏わりつき、衣服の形となる。

「いい加減決着付けようぜェ!クソッタレマイハニィ!」

彼女の名はシルヴィア、この世界では知らない者などいない最低最悪の魔女でありながら、世界に誇る誉れ高き『銀の魔女』の二つ名を持つ者。

​そして同じく最強の魔女に贈られる『金の魔女』の二つ名を持つ愛しき相棒と“殺し合う”運命を背負った狂乱の怪物である。

​彼女が秘める企みも、瞳の奥で燃やし続ける願いも、それを知るものは一人もいない。

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