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プロローグ:ミューオン
『今日の街』には常に多くの人が行き交う。
中でも街の中央にそびえる二つの塔から西、あらゆる種類の商業施設が集まるその地区はこの街の何処よりも賑わっていた。
そしてその一角、主に魔女が塔の攻略の為に求める様々な品を取り扱う店が多く立ち並ぶ中で、ひときわ輝く外装が目立つ宝石店『キラボシ』に彼女はいた。
「フンフンフ~ン……」
店のカウンターに体を預け、手袋をはめた片手には輝きを放つ石。
その主の機嫌良さげな吊り目や鼻歌を室内に響かせる唇はどこか気まぐれな猫を髣髴とさせ、派手なピンクのインナーカラー交じりの銀髪はショートカット、健康的に日焼けした肌を大きく露出させたその出で立ちが、彼女の性格をよく表している。
その名はミューオン。この街で誰よりも宝石を愛する故に『宝石の魔女』と呼ばれる、この店の店主である。
「いやぁやっぱし天然モノがイッチバンだよねぇ~」
彼女は先程、街の外の山岳地帯で見つけた魔力を含んだ宝石を生み出す『力場』から多くの宝石を回収してきたばかりでとても機嫌がよかった。
そんな彼女の耳に届く、カランコロンという客の来店を知らせるドアのベルの音。
「んあ、いらっしゃいま~……」
そちらに目を向けることなく、窓の向こうから注ぐ日光を浴びる宝石にかぶりついたままのミューオンに客は大きなため息をついた。
「はあ、ちょっと目立っているからと気まぐれで覗いてみたら、こんな三流以下の店員しかいないなんてね……ちょっと、店長を呼んで頂戴、品揃えだけは良い様だし、至急揃えて貰いたいものがあるのよ」
その言葉を聞いたミューオンがようやく声の主へと視線を向ける、いかにもといった感じの華美な装いに身を包んだ少女がこちらを鋭い眼差しで睨んでいた。
「……店長はウチだけど?」
先程のゴキゲンな表情とは打って変わり、凍り付いたかのような目つきとドスの効いた声色での返答に少女は一瞬ぎょっとしたが一つ咳払いの後、余裕のある顔でさらに返す。
「あらそう、この際その無礼な態度と言葉遣いは特別に許しましょう、ワタクシが誰かは解っていますわね?明日初めてあの塔を登るワタクシの為に最高級の宝石をかき集めて頂戴、報酬はいくらでも出します」
「へえ、報酬はいくらでも、ね」
嘲笑を含んだ相槌と共に、ミューオンはカウンターの裏にある“それ”を取り出し、少女に向け、一言、二言、三言と言葉を紡ぐ、そして店内に轟く銃声。
「……えっ?は……?」
少女が今目の前で起きたことに気付き、背後の壁にめり込んだ宝石を確認するまでの時間に、ミューオンは手袋を外し少女の目の前まで詰め寄ってヘラヘラと笑みを浮かべていた。
「だめじゃあん、ちゃんと宝石“受け取り”してもらわなきゃさあ、まあ、アレはウチの作ったヤツだしぃ?アンタの欲しいのとは違うだろーケド」
恐怖と混乱に震える少女の肩を優しく掴むと、ミューオンは張り付いた笑顔のまま続ける。
「でもゴメンネ?ここは“お貴族サマ”の来るようなトコロじゃないっつか、ぶっちゃけウチってアンタらの事大っ嫌いなんだよね、理解できた?できたよね?じゃあどうすんの?」
「かっ……帰らせて、頂きます……」
「そ、じゃあお帰りはアッチね、あとお節介みたいになるケド、ウチの弾避けらんないようじゃあそこ行ってもなんにもなんないと思うよ?」
そんなミューオンの言葉を聞いているのかいないのか、冷や汗を散らしながら這いずるように逃げ去る少女に背を向け、ミューオンはまた手袋をはめ宝石を眺めるためにカウンターに体を預ける。
「まーウチもあそこに行ったコトないケドね、はー、はやく誰かあの塔でヤバい『力場』、見つけてくんないかなあ!」
そんな他力本願な欲望をこぼして目を輝かせるミューオンは、一つため息をつくと憂鬱そうに続けて独り言を呟く。
「あのコ、もうあんな大きくなったんだねえ……性格は昔あったまんまだったケド……ウチには気づいてなかったみたいだなー、ま、ウチもあの子の名前なんだったか忘れちゃったし?どうでもよくね?」
纏わりつく過去の記憶を振り払うかのように大きく伸びをするミューオン。
「ん!今日は店じまい!どっかで飲んでぇ?アゲてぇ?楽しくなっちゃうか~!」
自由気ままに生き、今の平穏を愛する彼女に、何かに縋るほどの願いは“もう”無いのだ。
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