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​プロローグ:ヘンリエッタ

「貴女、近いうちにとても危険な体験をするわ、なるべく外出を控えるべきよ?」

彼女が淡々と言い放つその言葉に、当の本人はみるみる真っ赤に染め上げ、鼻息を荒くして立ち上がる。

「何よその占い?!私は愛しのあの人に明日のデートで想いに応えてもらえるかどうかを聞いたのよ!?」

「それは無理よ?だから身を守るために外出は……」

「もういいわよ!よく当たるって聞くから来てやったのに!」

バンと机を叩き立ち上がり、ドスドスと大股で帰っていく客を、この店の店主である彼女、ヘンリエッタは手を振って見送っていた。

不快な顔を見せるでもなく、呆れるでも悲しむでもなく、まるで普通に見送るかの如きその姿を振り向きざまに見た客は、油を注がれた火を吹き消さんばかりに大きな音を鳴らしてドアを叩きつけた。

「そんなに勢いよくしなくてもドアは普通に閉まるのに……」

呟いた言葉がその視線に合わせて空に消えていく、椅子の背もたれに体を預けたヘンリエッタは、空を眺めてその体をゆらゆらを揺らし始める。美しく輝く彼女の空色の長い髪が床に触れていたが、本人は気にはしていないようだった。

この店の天井はガラス張りになっており、今は夜空に浮かぶ星々が一面に広がっている、ヘンリエッタにとってこの時間が何よりも大切であり、彼女の瞳はきらきらと恋する少女のように輝いていた。

空に向けてゆっくりと手を伸ばした、大きく広がった袖のローブが重力に逆らえず、ゆったりと皺を重ねていき、彼女の細い指先、手のひら、華奢な腕が露わになっていく。

それでも届かない星々に、彼女はずっと焦がれている。

もっと近く、だれよりも、この空を。

そう願う彼女はいつからか塔を登るようになった、頂の見えないその塔はきっと天にも届いているだろう、自分の願いを叶える場所があるとすれば、きっとあそこ以外あり得ないのだろう。

​その日彼女は自身の瞼がゆっくりと閉じられるまで、ずっと星を眺めていた。

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