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プロローグ:フィーリ
夜がやってくる。
暗く冷たい空、嫌でも自身の孤独を自覚させられる、長く深い闇。
そんな時に寄り添い、視界と心を照らし、温める。
そんなランプを作るのが、彼女の生きがいであり、人生の喜びだった。
まだあどけなさを残す顔立ちは長く伸びた前髪によってその瞳を隠し、その華奢な体に似合わぬような少々の硬さを得た指先が、取り回しの良い小型の金槌で薄く伸ばした銅板に精緻な模様を描き出す。
名もなきランプ屋の小さな店主、フィーリはこの街でも指折りのランプ職人としてその名を馳せ、今日も黙々とランプ作りに励んでいた。
「ん……こんなもんかな……ねえ、ナハトはどう思う?」
フィーリが声を掛ける、しかし工房内には彼女以外の人の姿は見当たらず、机に置かれた小さなランプが照らした彼女自身の影が大きく伸びるのみである。
その『影』が大きく揺れ独特の形を作り、ぱちくりと目を浮かび上がらせ、にやりと笑う。
「あー、いいんじゃねえの?それよりよぉ、さっさと外に出ようぜ?それ組み立てたら準備は終わりだろ?」
『影』のあからさまに適当な返事に、フィーリは無表情のままそれに不機嫌を伝える。
「ナハトに聞いた私がバカだったね」
「なんだと前髪女ァ、俺様にケンカ売ってるだろ、なあ?」
「私はランプ職人なの、ランプしか売らないよ」
喧しく騒ぐ自身の影を淡々とあしらいながら、フィーリはランプを組み立てていく。
「しかしまあ、なんでまたお前がわざわざあんな塔に登ろうってんだよ、馬鹿馬鹿しい……まあ俺様は外に出られるんなら何でもいいけどよ」
ナハトの問いに、フィーリはやはり表情を変えることなく答える。
「だってあそこ、暗いばっかりだって聞くじゃない」
「あーあーあーあ、始まったよお前の悪いビョーキがよ」
ここ最近、この街に住む自分と同じ存在……つまり魔女がよく携帯式のランプを求めてやってくることが多いことが、彼女は気になっていた。
その内の一人に話を聞けば、街の中心に高く高く聳え立つ二本一対の螺旋の塔に登る為に必要だと言うのだ。
彼女はその晩、心折れた様子で逃げるようにこの街を去った。
「私の“脚本”は優秀だから、大丈夫でしょ?」
そう問いかけるフィーリに、ナハトはにやりと笑って答える。
「当たり前だろ、俺様に任せとけば、お前なんかあっという間にテッペンまで連れてってやるよ」
「そこまでは良いかな」
「ンだよ、張り合いのねえ女だなァオイ」
騒々しく揺れる影を背に、フィーリは荷物をまとめて窓の先に映る塔を見た。
街の至る所に設置した自作の街灯がそれを囲み、月明かりと共に外壁を照らしているのを確かめると、今感じるべきであろう不安や恐怖は、どこかに溶けていってしまうようであった。
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